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 Shalom!
カイザリア#2
「パウロが最後に見たイスラエル」

テルアビブ大学に通う姪っ子ココを連れてカイザリアに日帰り旅行。遺跡をくぐって海へ。

スノーケルギアも買ったのでまずはビーチで泳いでから、今回は前回行けなかった円形劇場に行ってきました。ローマ文化を愛したユダヤのヘロデ大王が、ローマ皇帝カイザルにちなんで「カイザリア」と名付けた街。アテネに匹敵するほどの港町を、出来るだけ憧れのローマのように作ったそうです。

なんの石碑かな、と思って近づいてみると。。。(本物はエルサレム博物館にありまして、これはレプリカです)
よーーーく見てみると、二行目の後半が「PILATVS」って読めます。イエスの時代のローマ帝国ユダヤ総督ピラトの名前を原語であるラテン語で表記。イエスの処刑を最終的に許可したがために、後世にまで名前が残ってしまったという、少しは同情したい残念な人。この石碑には「ユダヤの総督、ポンテオ・ピラトがこの建造物をローマ帝国の皇帝チベリウスに献上します。」と書かれています。石碑の一行目にTIBERIEVMと書かれていますが、このチベリウスとはジュリアスシーザー(カイザル)のことです。

前回来た時ほど暑くはないですが、日差しは強いので帽子は必需品。ハワイでは断固として被らなかった「Hawaii Hangloose・ハワイはええとこやでぇ・・」と書かれた帽子をかぶっています。

遺跡を再利用(?)してコンサート場にするって、ちょっと日本人の私には衝撃。記録によると、ここで約2500名ほどの捕虜がグラディエーターの映画に出てくるような方法で虐殺されたとか。

数字までふっちゃって。・・・
どの席もオーシャンビューですよ。

風もあり、それほど暑くなかったので十分楽しめました。前回は暑いし人が多かったのでここまで到着できなかったのです。

歩きながらヘロデやピラト、カイザルのことを考えていて、さらにこの街は当時のイスラエルとローマをつなぐ港町だったことを考えていたら、「使徒の働き」の後半を思い出しました。

使徒の働き23章から25を読むと、パウロはカイザリア(カイザリヤ)に最低二年は拘置されていたのが書かれています。パウロはユダヤ人ではなくローマ市民だったからカイザルに上訴する資格があったからそうしました。そして、このカイザリアの港からイタリアのローマ行きの船に囚人として乗りました。

つまり、カイザリアがパウロが見た最後のイスラエルだったわけですよね。

パウロがこの海岸を最後に見たときの天気や波はどうだったんだろう。その日も今日のような快晴で、青い海が輝いていたのかな。パウロはその日が最後でもう二度とこの国に戻れないのを知っていたのだろうか。なんて色々考えていてちょっと感傷にひたっておりました。

使徒の働き後半を読んだことある方は、カイザリアを出た後、パウロはものすごい大変な思いをしてイタリアに到着するのをご存知ですよね。最近はあのあたりの記事がとても身近に感じてきました。「この地名って本当に存在するんだ!」程度ですけど。・・・

そうそう、昨日アブラハムの甥っ子「ロト」の奥さんに会ってきたので(笑)来週はその写真をシェアしますねーーー。

エミ

おまけ。
カイザリアのお土産やさんで売ってるガイドブック。外国語は英語、韓国語、中国語だけ。あれ?日本語は??「日本人はみんな英語がわかるから日本語は置いてないのだろう」と一人で納得。


 




   
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